長野地方裁判所 昭和57年(行ウ)1号 判決 1983年9月29日
原告 小林商事有限会社
被告 長野県松本保健所長
主文
本件訴えを却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 原告が、昭和五五年七月九日付で被告に対してなした公衆浴場営業許可申請につき、被告が何らの処分をしないことは違法であることを確認する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
(本案前の答弁)
主文と同旨
(本案に対する答弁)
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、個室付浴場業を営もうとして、昭和五五年七月九日、被告に対し、公衆浴場法二条一項、公衆浴場の設置場所の配置及び衛生等の措置の基準に関する条例(昭和四一年長野県条例第四九条)二条二号アにより、長野県松本市大手二丁目六番一二号を個室付浴場の設置場所とする公衆浴場営業許可を申請した。(以下これを「本件許可申請」という。)
2 被告は、原告に対し、右申請についていつたんは許可する旨を口頭で言明しておきながら、その後取下を執拗に繰返し勧告し、原告がそれに応じないでいると、昭和五六年二月四日付「公衆浴場営業許可申請書の返戻について」と題する書面とともに、同日ころ右申請書(以下「本件許可申請書」という。)を送り返してきて、許可不許可の処分を今日までしない。
3 よつて、請求の趣旨のとおりの裁判を求める。
二 被告の本案前の主張及び請求原因に対する認否
(本案前の主張)
1 主位的主張
(一) 被告は、原告から提出された本件申請書につき文書の収受という事実上の措置をとつたが、本件許可申請に係る個室付浴場の設置場所が風俗営業等取締法四条の四第一項によりその営業を禁止されている区域内にあるため、本件許可申請は無意味であるからとして、申請書を取下げるよう行政指導したうえ、昭和五六年二月四日本件許可申請書の不受理を決定し、同日右申請書を原告に返戻した。
(二) 行政事件訴訟法三七条の不作為の違法確認の訴えは、処分についての申請をした者に限り提起することができるとされているところ、前項の経過からいつて原告からは未だ適式な許可申請がなされていないというべきであるし、仮に本件許可申請書の提出をもつて処分についての申請がなされたと解されるとしても、その後被告が取下げについての行政指導をなし、次いで右申請書を原告に返戻したところ原告において異議なくこれを受領したことは本件許可申請を取下げたものと解することができるから、いずれにしても本件許可申請がなされたことを前提とする本件訴えは不適法であつて、却下を免れない。
2 予備的主張
被告は、原告の本件許可申請に対し、すでに処分をなしている。すなわち、被告は、昭和五六年二月四日、本件許可申請書を「…………この申請地点は営業ができない場所であるから申請は無意味なので返戻します」との理由を付して原告に返戻しているのであつて、右は本件許可申請を拒否した不許可処分と解すべきである。したがつて、本件訴えは、不作為の違法確認請求の要件を欠く不適法なものであつて、却下を免れない。
(請求原因に対する認否)
1 請求原因1は認める。
2 同2のうち、被告が原告に対し本件許可申請の取下げを指導したこと及び原告主張に係る昭和五六年二月四日付の書面とともにそのころ本件許可申請書を原告に返戻したことは認め、その余は争う。
三 被告の主張に対する原告の反論
被告は、本件許可申請書を返戻後、終始一貫して本件許可申請につきその受理行為がなされていないと主張してきたのであるから、本件訴訟において、右返戻行為をもつて被告が本件許可申請に対する不許可処分をなしたものと主張することは禁反言の法理、信義誠実の原則に反し許されない。
第三証拠関係 <略>
理由
一 請求原因1の事実並びに同2の事実のうち被告が原告に対し本件許可申請の取下げを指導したこと及び被告が昭和五六年二月四日付の「公衆浴場営業許可申請書の返戻について」と題する書面を添付して本件許可申請書を原告に返戻したことはいずれも当事者間に争いがない。
二 被告は、その本案前の主張1において本件許可申請書を受理していないと主張するので判断すると、まず、右申請書の収受(文書を受領し到達を確認する事実行為)がなされたことは被告の認めるところである。
そして、<証拠略>によれば、被告においてその収受した文書の取扱についての指針としていると解される長野県作成の「文書事務の手引」と題する文書には、受理の拒絶には、却下と単純な不受理とがあるとして、却下の例に申請資格の欠如を理由に直ちに受理しない旨の意思表示をする場合を、不受理の例に申請書等に形式的不備があり、一応返戻して、訂正を求める場合をそれぞれ挙げていることが認められるところ、<証拠略>によれば、原告の提出した本件許可申請書には、公衆浴場法施行規則一条が申請書に記載すべきものと定めた事項全部が記載され、会社登記簿及び定款の写が添付されていて、申請書には別段形式上の不備はなかつたことが認められる。更に、<証拠略>によれば、被告は、昭和五五年七月一五日付の被告名義の文書をもつて、原告に対し、本件申請につき営業許可がなされても現実には営業を行うことができないとの理由を示して、申請書の取下げを勧告したことが認められるのである。
そうしてみると、本件許可申請については、私人からの申請を有効な行為として受領する、行政庁の準法律行為的行政行為としての、「申請書の受理」がなされたものというほかなく、受理していないとは到底いえないから、被告の主張は失当である。
三 すすんで、被告がなした本件許可申請書の返戻行為の行政処分性(被告の本案前の主張2)について検討する。
<証拠略>によれば被告の本件返戻書である「公衆浴場営業許可申請書の返戻について」と題する書面には、「原告申請に係る地点は営業ができない場所であるから申請は無意味なので申請書を返戻する」旨の記載がなされていることが認められる。しかして、<証拠略>によれば、右返戻書にいう「営業ができない場所」の趣旨は、本件申請に係る個室付浴場の設置場所が児童福祉法七条に規定する児童福祉施設(松本市大手児童公園)の周囲二〇〇メートルの区域内にあり、風俗営業等取締法四条の四第一項により原告の目的とする営業の禁止されている場所であるというにあると認められる。
そうしてみると、被告が本件許可申請書を原告に返戻した行為は、不受理手続の一環としての事実上の行為の外形をとつているけれども、原告の本件許可申請を実質的、かつ終局的に排斥した不許可処分と解すべきである。
なお、原告は、被告が本訴において右返戻行為をもつて被告のなした不許可処分であると主張することは禁反言の法理、信義則に反し許されないと主張する。しかしながら、被告の主張するところは、いずれも、原告から本件許可申請書が被告に提出され被告が右申請書を原告に返戻したという客観的事実を前提として、これに法的な評価を加えた意見の表示にすぎず、かかる場面においては原告主張に係る禁反言の法理あるいは信義則の適用はないというべきであるから、右主張は採用できない。
四 不作為の違法確認の訴えは、申請に対して行政庁になんらかの処分等をなすべき義務があることを前提に、相当期間内になんらの処分等をしない義務違反の状態を違法としてその確認を求めるものであるところ、本件においては、被告が原告の申請に対して既に不許可処分をなしており、被告に不作為状態はないというべきであるから、原告の本件訴えは、訴えの利益を欠き不適法である。
五 よつて、本件訴えを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 秋元隆男 佐藤道雄 小池喜彦)